大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成3年(行ウ)46号 判決

原告 甲野三郎

被告 ○○税務署長

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

原告の昭和62年12月29日相続開始に係る相続税につき、被告が平成元年8月8日付けでした更正及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件処分」という。)は、いずれもこれを取消す。

第二事案の概要

本件は、相続税の更正等の取消訴訟であり、被相続人から子や孫に贈与する旨の公正証書の作成されている不動産が相続財産に含まれるか否かが争われた事案である。

一  争いのない事実

1  原告の父甲野一夫(以下「一夫」という。)は、昭和62年12月29日に死亡したところ、同人の権利義務は、妻甲野はな、長男甲野一郎(以下「一郎」という。)、次男甲野二郎(以下「二郎」という。)、三男原告及び四男甲野四郎が相続した。

2  本件課税処分等の経緯は別紙一「本件課税処分等の経緯」記載のとおりであり、原告は、平成3年7月20日、審査請求に対する裁決書の送達を受けた。

3  被告は、別紙二の1「物件目録(甲)」記載の不動産(以下「甲不動産」という。)、同2「物件目録(乙)」記載の不動産(以下「乙不動産」という。)及び同3「物件目録(丙)」記載の不動産(以下「丙不動産」といい、甲ないし丙不動産を合わせて「本件不動産」という。)がいずれも相続財産であり、そのうち甲不動産を一郎の子である甲野浩一(以下「浩一」という。)が、乙不動産を二郎の子である甲野浩夫(以下「浩夫」という。)が、丙不動産を原告がそれぞれ一夫から死因贈与(相続税法上は遺贈)されたものであるとして、これを相続財産に加算して課税価格の計算をし、各相続人に対する更正並びに浩一及び浩夫に対する相続税の決定及び過少申告加算税又は無申告加算税の賦課決定をした。

4  仮に、本件不動産が相続財産に含まれるとした場合の相続財産等の内訳及びその価額は、別紙三「相続財産等の財産別価額表」の「被告主張額」欄記載のとおりである。

5  本件土地については、次のとおり公正証書が作成されている。

(一) 昭和42年3月7日、一夫は浩一に甲不動産を贈与し、浩一はこれを受諾した旨の記載のある同日付け贈与契約公正証書(以下「甲公正証書」という。)

(二) 昭和44年2月25日、一夫は浩夫に乙不動産を贈与し、浩夫はこれを受諾した旨の記載のある同日付け贈与契約公正証書(以下「乙公正証書」という。)

(三) 昭和51年12月8日、一夫は原告に丙不動産を贈与し、原告はこれを受諾した旨の記載のある同日付け贈与契約公正証書(以下「丙公正証書」といい、甲ないし丙公正証書を合わせて「本件公正証書」という。)

二  争点に関する当事者の主張

1  原告

甲不動産は昭和42年3月7日に浩一が、乙不動産は昭和44年2月25日に浩夫が、丙不動産は昭和51年12月8日に原告が、それぞれ一夫から公正証書による贈与契約によって譲り受け、その引渡しも完了していたものであるから、甲ないし丙不動産は一夫の遺産ではない。

2  被告

(一) 本件公正証書の解釈

本件公正証書作成時点における各当事者の意思は、直ちに受贈者に対して本件不動産を贈与するというものではなく、一夫の死亡によりその効力が生ずる贈与(死因贈与)をするというものであって、本件公正証書が生前贈与の形をとっているのは、将来の相続税課税の回避を図るためにすぎないのであり、その文言どおりに契約が締結されたものではないというべきである。

すなわち、一般的に公正証書を作成する利点は、強い証拠力と執行力を得ることであるが、親族間の贈与は一般に利害の対立が存在しないので、わざわざ公正証書を作成する必要はないはずであるから、特段の事情のない限り、納税義務者が租税を免れ又は軽減するために、事実に反する公正証書を作成したものと推定すべきである。

(二) 租税回避行為としての一部無効

(1) 仮に、本件公正証書をもって死因贈与を約したものとみることができないとしても、長期間にわたり贈与不動産の所有権移転登記をしないことにした上、贈与公正証書を作成した原告と一夫との行為は、租税回避を目的として通謀してなされたものであり、租税回避行為に該当するので無効である。

すなわち、一般的に、ある行為が租税回避行為で無効であるとされるためには、〈1〉形成又は処置の異常性(客観的要素)、〈2〉租税回避の意図(主観的要素)、〈3〉租税回避の達成又は期待(効果的要素)が必要であるとされている。そして、本件においては、本件不動産以外の受贈不動産については所有権移転登記を経由して贈与税の申告もされているのであるから、右〈1〉の要件を充足する。右〈2〉の要件は、原告本人の供述から明らかである。右〈3〉の要件は、公正証書作成当時、本件不動産に係る贈与税の申告をしていないことや相続税の申告に本件不動産が計上されていないことのほか、原告本人の供述から明らかである。

(2) 原告と一夫との行為は、租税回避行為に該当し、その行為の主たる目的は租税回避という不法目的にあったものの、仮に、当事者の意思が贈与にもあったとするならば、本件公正証書は、死因贈与の限度でのみその効力が認められるべきである。

(三) 通謀虚偽表示ないし租税回避行為による全部無効

(1) 本件公正証書は、租税回避のみを目的として作成されたと評価できるのであるから、通謀虚偽表示として全部無効である。

(2) 原告と一夫の行為は租税回避行為に該当するのであるから、本件公正証書による贈与行為はなかったものとして、すなわち、本件公正証書を全部無効として相続税の課税が行われるべきである。

第三争点について判断

一  「相続又は遺贈(贈与者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。以下同じ。)に因り財産を取得した個人」には相続税を納める義務があり(相続税法1条1号)、右の義務は「相続又は遺贈による財産の取得の時」に生じ(国税通則法15条2項4号)、相続税の課税財産の範囲は、「相続又は遺贈により取得した財産の全部」である(相続税法2条1項)とされている。ところで、前記第二の一5記載のとおり、本件不動産については、一夫の生前、同人と原告、浩一及び浩夫それぞれとの間に、甲不動産を浩一に、乙不動産を浩夫に、丙不動産を原告に贈与し、右3名がいずれもこれを受諾した旨の公正証書が作成されているのであるから、まず、本件公正証書による約定の趣旨が検討されなければならない。

二  証拠(甲1、2、甲3の1ないし11の各1ないし4、甲4の1ないし8、甲5の1ないし26及び28ないし70、乙4ないし8、21、乙27の1ないし4、乙28、29、証人○○○、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

1  一夫は、不動産賃貸業を営むA株式会社、株式会社B、C株式会社及び株式会社Dを経営し、その子らを右会社の役員にしていた(争いがない。)。

2  (一) 甲不動産には、昭和39年1月10日から平成3年12月26日まで、一郎及びその家族が居住しており、浩一は、昭和40年6月15日に出生後、甲不動産に居住した(争いがない。)。

(二) 昭和42年3月7日作成の甲公正証書には、第二の一5(一)記載の条項のほか、一夫は、即日甲不動産の完全な所有権を浩一に移転し、及び甲不動産の引渡しをし、浩一は、右所有権を取得し、かつ、引渡しを受けた旨、一夫は、甲不動産に対する公租公課の諸費用として、昭和42年4月以降毎年4月末日に浩一に10万円を支払う旨、並びに一夫は、甲不動産に賦課される公租公課が将来増額された場合には、浩一に対し、右10万円のほか、右増額分としてそれに相当する金員を加算して支払う旨の記載がある。

(三) 一夫は、甲公正証書を作成した際、一郎に対し、「公正証書があれば税金を払う必要はない。」との趣旨の話をしていた。

(四) 浩一は、一夫が高齢になったので、昭和60年1月28日○○区役所に対し、甲不動産に係る固定資産税等の納税管理人として浩一を選定した旨の申出書を提出した。

(五) 浩一は、昭和50年ころまで一夫から贈与された金員で甲不動産の固定資産税及び都市計画税を支払ってきたが、その後は、自らの収入でこれを支払っている。また、浩一は、自らの費用負担で右建物の修理等を行ってきた。

3  (一) 乙不動産には、昭和41年9月3日から現在まで、二郎及びその家族が居住しており、浩夫は、昭和44年2月4日に出生後、乙不動産に居住している(争いがない。)。

(二) 昭和44年2月25日作成の乙公正証書には、第二の一5(二)記載の条項のほか、一夫は、乙不動産の完全な所有権を浩夫に移転し、かつ、その引渡しをし、浩夫は、右所有権を取得し、かつ、引渡しを受けた旨、一夫は、乙不動産に対する公租公課の諸費用に充当させるため、昭和44年4月末日以降毎年4月末日に浩夫に17万円を与える旨、及び一夫は、乙不動産の公租公課が将来増額された場合には、浩夫に対し、その増額分を右17万円に加算して贈与する旨の記載がある。

(三) 浩夫は、一夫が高齢になったので、昭和59年10月26日○○区役所に対し、乙不動産に係る固定資産税等の納税管理人として浩夫を選定した旨の申出書を提出した。

(四) 浩夫は、昭和50年ころまで一夫から贈与された金員で乙不動産の固定資産税及び都市計画税を支払ってきたが、その後は、自らの収入でこれを支払っている。また、乙不動産のうちの建物については、二郎が火災保険の保険料を支払っていたが、昭和60年ころからは浩夫がこれを支払っている。更に、浩夫は、自らの費用負担で右建物の修理等を行ってきた。

4  (一) 一夫は、昭和50年8月14日、名古屋市○○区○○×丁目××番原野を交換により取得し、同年11月10日、これに隣接する同所×丁目×番×宅地及びその地上建物を買い受けて取得したが、これらが丙不動産である(争いがない。)。

(二) 原告及びその家族は、昭和50年11月16日から現在まで右建物に居住している(争いがない。)。

(三) 昭和51年12月8日作成の丙公正証書には、第二の一5(三)記載の条項のほか、一夫は、即日丙不動産の所有権を原告に移転し、かつ、その引渡しをなし、原告は、その引渡しを受け、かつ、所有権を取得した旨、及び昭和51年度第三期分以降の固定資産税は原告が負担する旨の記載がある。

(四) 一夫は、丙公正証書を作成した際、原告に対し、「公正証書があれば登記をすることも税金を払うことも必要ない。」との趣旨の話をしていた。

(五) 原告は、一夫が高齢になったので、昭和59年11月5日○○区役所に対し、丙不動産に係る固定資産税等の納税管理人として原告を選定した旨の申出書を提出した(争いがない。)。

(六) 原告は、納税義務者を一夫として課せられた丙不動産に係る昭和52年度分以降昭和62年度分までの固定資産税及び都市計画税を支払った。また、昭和51年11月10日ころ、丙不動産のうちの建物につき、原告が契約者となり、建物所有者を一夫として、火災保険契約を締結して保険料を支払い、以後も同様にして契約を繰り返し、一夫の死亡後は、原告が建物所有者・契約者となって契約をした。更に、昭和52年1月21日以降右建物に係る修繕費・管理費を支払ってきた。

5  (一) 原告、浩一、浩夫、一郎、二郎及び四郎は、別紙四「本件土地建物以外の異動状況」記載のとおり、昭和39年から昭和62年までの間に、一夫から本件不動産以外の不動産についても贈与を受けてきたが、その殆どすべてについて贈与後間もなく、長いものでも三年以内には所有権(持分)移転登記をしている(争いがない。)。なお、右の贈与については、公正証書は作成されていない。

(二) 本件不動産については、一夫の死亡に至るまで所有権移転登記はされなかった(争いがない。)が、所有権移転登記を妨げるべき事情はなかった。

(三) 一夫は、昭和52年に昭和49年分ないし昭和51年分の所得税の調査を受けた際、税務職員から不動産の異動関係について質問されたが、既に所有権移転登記を経由した分については異動関係を明らかにしたものの、本件不動産については異動が生じた旨を説明しなかった。

(四) 本件公正証書はいずれも一夫の発意によって作成されたものであって、原告、浩一(その親権者であった一郎及び甲野かね)及び浩夫(その親権者であった二郎及び甲野よし)は一夫のいうがままに右作成に応じたものである。

(五) 一郎、二郎、四郎、浩一及び浩夫は、原告と同様の理由を述べて異議の申立てをしたが棄却され、更に審査請求の申立てをしたがこれも棄却された。しかし、右の者らは抗告訴訟を提起していない。

三  右の事実によれば、本件公正証書は、いずれも特段の必要がないのに作成されたものであり、しかも、原告、浩一及び浩夫は、いずれも所有権移転登記をすることに何ら支障がなかったにもかかわらず、一夫の死亡に至るまでこれをしなかったというべきところ、原告らは、別紙四記載の不動産の贈与については、公正証書を作成しておらず、一夫から贈与を受けると間もなく所有権(持分)移転登記を経由しているのであるから、本件不動産につき、わざわざ公正証書を作成しながら、所有権移転登記をしなかった合理的な理由を見出すことができず(原告本人は、別紙四記載の不動産の贈与について登記をしたのは、共有関係となって権利関係が複雑になるので、登記をしなければはっきりしなかったからである旨供述するが、納得することのできるものではない。)、本件公正証書は、いずれも租税の負担を免れるための方便として作成されたものであり、真実は一夫が死亡した場合には本件不動産をそれぞれ原告、浩一及び浩夫に贈与することを約したのであるが、相続税の課税を回避するため、あたかも即時に贈与したかの如き条項にしたものと認めるのが相当である。本件公正証書作成当時、既に原告らが本件不動産に居住するなどして、無償でこれを使用していたことに鑑みれば、原告らが本件不動産に係る固定資産税等、火災保険の保険料及び修繕費等を負担してきた事実があるからといって、右認定を覆すには足りないというべきである。

そうすると、本件不動産は「贈与者の死亡により効力を生ずる贈与」(遺贈)によって取得した財産に当たるので、相続税の課税財産に含まれるというべきである。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由がなく棄却を免れない。

(裁判長裁判官 瀬戸正義 裁判官 後藤博 入江猛)

別紙一ないし四〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例